メンバー紹介
にこちゃんレーシングの最年長です。(通称:総帥) 「バイク乗せたら遅いけど、仕事は早いでー!」と言っていますが、それは本当です。タイムのことは聞かないで下さい。その代わり、チーム遠征から打ち上げ、その他面倒な交渉事まで、段取り、渉外をやらせると天下一品です。
なんでも、バイクには滅多に乗らないが、無いと寂しい・・らしいです。
また、実はレースでも目を三角にして走る事が苦手で、レースの雰囲気を楽しむ事が好きだったりします。
ちなみに、レースデビューは1980年代初頭の中山サーキット、当時イベントレースのはしりだった「Exciting Sunday」です。実はレース歴は長いのです。といっても参戦ペースは、いたってマイペース。年に一回出るか出ないか、ですね。
今までに参戦したイベントレースは?というと、古くは阿讃サーキットがまだ華やかだった頃の「Turn to Left」(知っている人も少ないとは思いますが・・)、その後はTIサーキットのモトルネあたりです。これらは、どれもクラシッククラスでの参戦ですね。
モンスターを買ってからは、このモンスターでの参戦ばかりでしたが、最近は歳と恐怖を感じ始めたのか、それともクラシック熱が再燃したのか、他に所有しているクラシックレーサーでの参戦に戻ろうとしています。実際に2003年よりトライトンを復活(トライトン復活計画!参照)させ、2004モトルネJAPANではクラス優勝(といってもエントリー1台だった為、出走さえすれば優勝(笑))と、苦節2?年の念願を果たしたりしています。
これに味をしめたのか、今度は、HONDA CB125を復活させようか?と、思案中とか・・・・
これからは、クラシッククラスの牽引役としての参戦、そして当チームの顔としての、ますますの活躍と話題提供が期待されます。
運も実力のうち!みんな、のんびり楽しくやろうぜ〜!
チーム内で、今一番真剣?かつ密度の濃い?レース参戦しています。
レースデビューは、カズ氏とほぼ同時期です。途中お休み期間もありましたが、クラシッククラスの参戦で少しづつペースを戻しはじめ、カズ氏所有のトライトンでモトルネ参戦もしていました。
1997年2月に748SPが納車されてから(納車まで2年半待った!という我慢王)というもの、それまでのうっぷんを晴らすとばかり、年5〜6戦位のハイペースで参戦を再開しました。しばらくのお休みで鈍った勘を取り戻すのに時間はかかりましたが、2000年頃になって、大きな壁(笑)を超えたのか、急にタイムを上げてきました。
この頃から本人の鼻息も荒くなり、ブイブイ言わせています。
2002シーズンよりマシンのカラーリングを一新、おNEWのツナギを新調し、決意も新た?に頑張っていたところですが、2003年に748SPを手放してからの1年は、クラシッククラス(トライトン)やACTクラス(M900)への、ちょっと浮気?参戦で浪人生活を送っていました。が、2004年に748Rレーサーを入手してからは、また本来のペースに戻り、真剣勝負?とばかり、「頑張るおいさん」になっています。事実、2004モトルネJAPANでは見事MT−2クラス優勝を果たし、周りを脅かせています。一応チームのエース?として、着々とモトルネマスターズ入りを目指しているとか・・・・
ここ数年では、マシンのメンテもほぼ自分でこなすようになり、仕事そっちのけでマシンの改良?とばかり、新しいパーツの研究に没頭する日々です。
MT−2、OVER40(実はOVER40参戦を目標に頑張っていたらしい・・)が主クラスになりますが、最近、同クラス尋常でないおいさん達によりタイムがあがってしまい、ちょっとビビリがはいっているところのようです。(と言いながら、実は本人もその仲間入りしている事に気がついていない・・・・(笑))

今、一番の課題は、3周しかもたない体力の克服だとか。

2002年夏のストカフェ120秒OPENが初レースです。この年くらいまで2分の壁が破れず、心の奥では落ち込んでいたようでしたが、レースデビューを境にちょっとづつタイムを縮めはじめ、2004年からは一気に弾けたようです。2分の壁を割ってからは、自分に合ったセッティングにもなってきた事もあり、走るたびに1〜2秒ほど縮め、なんと2004モトルネJAPANでは、1分50秒の壁をあっさり破ってしまいました。
この快進撃はどこまで続くのでしょう?(そう世の中は甘くない・・・・ボソッ)
レース参戦自体は、つい最近からですが、TIでの走行会などは1994年頃から参加し続けていました。748SPSを愛機としてからというもの、周りの悪魔のささやきもあって、レースもだんだん意識するようになったみたいです。
歳の割りには若くみえるよう(自分でも言っているから始末におえない・・・)で、いつも本人はニコニコ顔で愛嬌をふりまいています。
鉄工所を仕事とする強みと、それを次から次へと利用しようとする周りの悪魔のささやきと注文を受けながら、本業そっちのけで、いろいろとパーツ作成やフィッテング作業にいそしんでいます。最近では密かに積み上げてきた、その腕前と評判をもとに、「MAZTEC」なるブランドを勝手に立ち上げ、作るパーツには全て刻印を入れて主張し、ますます腕に磨きをかけているようです。
サーキットでのタイムアップに気を良くし、密かに政権転覆を狙っているとか・・
それと、もう一つの目的は、レースの打ち上げ2次会の行き先で、どう遊んでどう楽しむか!ばかり気になってしょうがないらしい・・・・・(爆)
当HPの管理人です。レースデビューは1992年のオートポリス1&2フェスティバルです。チーム内では唯一、この初レースから欠かさず年1回は参戦しています。(といっても、金欠もあり、それほど数をこなしているわけではない・・)
事実、参戦してきたクラス(NKモンスター、MT−1、ACT)がイベントレース盛りの時とも重なり、ことごとく激戦区ばかりを渡り歩き、グリッドはいつも最後の方、予選落ちしたこともありました。
1999年位までは、それまでの途切れる事の無い着実な参戦とサーキット走行もあって、チーム内エース?でしたが、だんだん頭打ちになってなってしまい、確実な進歩を続ける”かいのう氏”に、その座をのっとられてしまいました。
主エントリーはユーロファイター(旧MT−2)クラスです。OVER40もエントリー出来ますが、猛者揃いで躊躇、OPENクラスも同じくエントリー可能ですが、4発マシンの加速に意気消沈・・・・・言い訳ばかりですね(笑)
あっ、DUCATIカップも可能でした、というか既に出てました(汗)。
2000年に748Rのシェイクダウン走行で見事にコース上からグラベルまで滑走してしまい、それを境に走りは一気にトーンダウン。元のように走れるようになるまでに、半泣きになりながらリハビリを続けたようですが、最近ではその呪縛も解けたようなので、以前のように元気に走り回っているようです。これからが勝負じゃー!
と言いたいところですが・・・・・最近は人間がキレなくなってしまい、知らず知らずのうちにコケないよう手をぬくクセがついているようです。もっとイケイケ〜にならないとダメですね。
特徴としては、世間の景気や周りの仲間のエントリー状況に左右されることなく一人でもOK、成績がパッとしなくても、しつこくエントリーして楽しんでいる、マイペースで飽きる事を知らない性格のようです。
ちなみに、チーム内最年少です・・・・という事で、いつも雑用係みたいです・・
NIKOCHAN TOP
★Kazuyoshi Yamamoto 
  with
  '99 DUCATI M900Dark
  TRITON


★岡山国際でのBestTime

  2分09秒1
  
     (2001年10月現在)
★Hisashi Kainou
  with
  '02 DUCATI 748R


★岡山国際でのBestTime

  1分46秒4
  
     (2004年11月現在)
★Masahiko Matsubara
  with
  '99 DUCATI 748SPS


★岡山国際でのBestTime

  1分48秒5
  
     (2006年9月現在)
★Toshiyasu Yano
  with
  '00 DUCATI 748R★

★岡山国際でのBestTime

  1分46秒0
  
     (2015年10月現在)